2010年3月2日火曜日

裸の俺様



「直感」
という言葉の対比になるかは微妙ですが
「勘違い。」
「人の勘ほどアテにならない。」
という言葉と表裏一体な気がします。

でも
「僕の勘違いかもしれない」
という僕の
「直感」
は、しっかりとした事実でした。

こんにちは
勘違い野郎を突き通したpomです。

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話は変わりますが
昨年の忘年会に、
座敷の宴席でスーツのズボンにソースをこぼしました。
それは勘違いでも直感でもありません。
事実です。

そして更に
その上に醤油をこぼしました。

寸分違わずまったく同じ場所にソースと醤油。

その事実は技術です。
否、それは勘違い。

アグラをかきながらの宴席でした。

「食す」という行為は、
大抵の人間は1日3回、
僕も少なくとも1日1回はするもので、

産まれてきてから
一日の食事回数(3回)×365日×生きている年数
を計算すれば、
何万回と「食事」をしている。

そのなかでも
「箸に食べ物を挟んで口へ運ぶ行為」は
産まれてきてから何十万回、もしかしたら何百万回と行ってきた。

その何十万回(何百万回?)の積み重ねた行為が同じ軌道で
食べ物を口に運び、
その結果、
重力に屈したソースと醤油が同じ場所に落ちたのならば、
それは奇跡や偶然じゃない。

僕の長年の蓄積による僕の技術なんだ!!!!!
(と、いう勘違いをしてみたり。)

二階から目薬
も、毎日繰り返せば、
針に糸を通すような正確さが身につくかもしれないね。


で、
遅ればせながら、
そのスーツをクリーニングに出しました。

その際に染みの部分を店の旦那に見せたら
「大丈夫、落ちるよ。」
に加え、
「但し、一度で落ちなかった場合は追加料金をもらうことになるかも」
と言われたので、
そこはしみったれず、染みを落としてもらうことを優先しました。


後日、
クリーニング屋さんにスーツを受け取りに行ったら
僕が聞くよりも先に
「染みは落ちた。追加料金は無し!」

少しの上機嫌で家路に着きました。


翌日、
早速そのスーツを着用、出勤。

昼飯を食べるときに気がついた。

染みがある。

落ちてない。。。


昔、
馬鹿よって、
馬鹿には見えない服を仕立ててもらった馬鹿な王様が、
馬鹿には見えないそれを身に纏い、
馬鹿な家来に「そんな服はありはしない」と止められることなくパレードに出て、
馬鹿な国民は裸の王様にひれ伏し、
まともな子どもにようやく
「王様は裸だ!」
と指摘された詐欺話を思い出した。

「それが見えないならおまえは馬鹿だ。」
そう触れ回ることで、
「馬鹿には思われたくない」
という心理を増幅させ、非現実を現実(事実)に摩り替える巧妙な(?)手口の詐欺。


しからば
今回のスーツ、
この染みはもとから無かったのかもしれない。
馬鹿が
「ソースと醤油を寸分違わず同じところに点滴した!」
「俺って天才。否、熟練の技なり!!!」
とか発狂してクリーニング屋さんに駆け込んだものだから、
店の旦那がそんなpomを不憫に思い、
事実、見えない染みに同情してそう言ってくれたのかもしれない。

そうであれば、
「ここに付いている染み、あなたには見えますか」
人に聞けるワケがない。

それは馬鹿にしか見えない染みなんだから。

でも本日、
遭遇した方に

「そのスーツさ、」

ドキン!!!!

染みが、
染みが、あなたにも見えるんですか?

染みはあるんですか?

ドキドキ。

「そのスーツ、小さくない?」

やはりそうか。

染みは僕にしか見えない。

そうなんです。
そのスーツ、一昨年購入の際に、
お店の人にワンサイズ小さいのを勧められたの。

「これは生地が良いから小さくても窮屈じゃない。
 見た目もスリムに見えてグッド」
もしかしたらその時点で僕は在庫処分のための巧妙な詐欺に(ry

いいんです。

クリーニング屋さんの優しい詐欺と、染みの付いたスーツで僕は生きていく。

裸の俺様、
優しい詐欺に包まれて、
僕にしか見えない「染み」のついたスーツに身を包む。




(染みが落ちなかったことを肯定化しようしただけなのに、思わず長文。)




読んでくれてありがとう。



今日はこの辺で。

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