2010年5月30日日曜日

失ったもの



ある人に言われた。
「pom君は失ったものかもしれない」

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現在、僕が住んでいる町にそびえる山。

このブログで何度か単語として登場している山
「SHIRO山」

ここの景色が好きだ。

小さい山だけど、
それでも
小さい町を一望できる。




でもSHIRO山からの「夜景」は、その時まで見たことが無かった。

あの日、
SHIRO山に、
僕一人ではなく、
助手席に人を乗せて向かった。

暗闇の中で山の麓に広がるのは
たった2000余の世帯のおぼろげな灯。
僕にはその光には寂しさしか感じられなかった。

隣のその人はSHIRO山の夜景を「スキ」、
もしくは「キレイ」と言った。

僕は
「もったいない!」
そう思った。

ここよりもずっとキレイな夜景はたくさんある。
少なくとも僕はそれを見てきた。

あなたにもそれを見て欲しい。
きっと喜んでもらえるはずだ!

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そんな少し前の思い出を人生の先輩に話した。

「例えば
 大都会のTOKIOの夜景、YOKOHAMAの夜景。
 SHIRO山の夜景がキレイというなら、
 もしもそれらの夜景を生で見たら。
 いや、いっぺんでも良いから見なきゃ損でしょ。
 あの時、そう思いました」

すると
率直に言われた。

「pom君は失った」
「それとも、もとから無かったのか」

一緒にいる人が「美しい」と感じたものを
僕は「美しい」と感じなかった。
いいえ
何も感じようとしなかった。

それどころか、
「こっちのほうが断然キレイ!」



僕の感性を押し付けた。



感じるものを感じ取ることが出来なかった。
損しているのは僕のほうだった。


こんど、
もう一度、
夜のSHIRO山から町を眺めようと思います。

そのとき、
僕は何を感じるか。

失ってしまったものは取り戻すことは出来ないのでしょうか。


美しいものを美しいと思いたい。

感受性、応答セヨ


今日はこのへんで

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