ある人に言われた。
「pom君は失ったものかもしれない」
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現在、僕が住んでいる町にそびえる山。
このブログで何度か単語として登場している山
「SHIRO山」
ここの景色が好きだ。
小さい山だけど、
それでも
小さい町を一望できる。
でもSHIRO山からの「夜景」は、その時まで見たことが無かった。
あの日、
SHIRO山に、
僕一人ではなく、
助手席に人を乗せて向かった。
暗闇の中で山の麓に広がるのは
たった2000余の世帯のおぼろげな灯。
僕にはその光には寂しさしか感じられなかった。
隣のその人はSHIRO山の夜景を「スキ」、
もしくは「キレイ」と言った。
僕は
「もったいない!」
そう思った。
ここよりもずっとキレイな夜景はたくさんある。
少なくとも僕はそれを見てきた。
あなたにもそれを見て欲しい。
きっと喜んでもらえるはずだ!
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そんな少し前の思い出を人生の先輩に話した。
「例えば
大都会のTOKIOの夜景、YOKOHAMAの夜景。
SHIRO山の夜景がキレイというなら、
もしもそれらの夜景を生で見たら。
いや、いっぺんでも良いから見なきゃ損でしょ。
あの時、そう思いました」
すると
率直に言われた。
「pom君は失った」
「それとも、もとから無かったのか」
一緒にいる人が「美しい」と感じたものを
僕は「美しい」と感じなかった。
いいえ
何も感じようとしなかった。
それどころか、
「こっちのほうが断然キレイ!」


と
僕の感性を押し付けた。
感じるものを感じ取ることが出来なかった。
損しているのは僕のほうだった。
こんど、
もう一度、
夜のSHIRO山から町を眺めようと思います。
そのとき、
僕は何を感じるか。
失ってしまったものは取り戻すことは出来ないのでしょうか。
美しいものを美しいと思いたい。
感受性、応答セヨ
今日はこのへんで